洋画家

高島野十郎 山の家
画像を拡大

作品名:山の家

作家名:高島野十郎

購入価格:売約済み

技法 /
キャンバスボードに油彩
号数 /
6
作品状態 /
良好
備考 /
サイン、鑑定証あり
作品について

ものの質感や実在感を執拗なまでに描こうとする高島野十郎。その描写はどこまでも細かく繊細で、見る者の目をあちらこちらと楽しませてくれます。

略歴

1890(明治23)年、福岡県三井郡合川村(現在の久留米市東合川)の裕福な醸造家の四男に生まれる。本名は高嶋弥寿(たかしま やじゅ)。
青木繁と親交のあったことで知られる詩人の高島宇朗(泉郷)は、野十郎の長兄にあたる。

第八高等学校を経て、東京帝国大学でその年に発足したばかりの農学部水産学科に進学、同科を首席で卒業するも恩賜の銀時計を辞退し絵画の道を選び、以降師につくこともなく、特定の美術団体へ属することもせずに、ただひたすら自らの画業に没頭した。

1929年から4年間、パリで修行する。帰国後、一時期、東京・青山にアトリエを構えていたが、東京オリンピックに伴う区画整理事業のため、千葉県柏市にアトリエを移す。

生涯独身で過ごした野十郎は晩年、東京オリンピック絡みの道路拡張整理に巻き込まれて東京目黒のアトリエを強制立ち退きさせられた。その際、「家を壊すなら俺を殺してからにしろ」と行政代執行にきた者に食い下がったと言う。その後、「どうせ引っ越すなら区画整理などない田舎へ」と、千葉県柏市郊外の田園地帯に居を定める一方、フランスを含めた全国各地への写生旅行や巡礼を行い、数回の個展のみを作品発表の場とする清貧の生活を送った。

彼の作品は写実を基本とはしているが、透徹した精神性が透けてみえてくるような凛とした雰囲気を漂わせている。代表的作品は「からすうり」、「月」、「自画像」それに「蝋燭」などがある。

1975(昭和50)年、千葉県野田市の老人ホームで死去。享年85。

福岡県立美術館には60点以上の作品がが常設されている。
2008/8/31 NHK教育「日曜美術館」にて『写実の果て 孤高の画家・高島野十郎』が放送される。

pagetop