愛知県碧南市 藤井達吉現代美術館ってご存知ですか
— 2024年5月2日 実は私も初めて訪れたのですが、版画家の長谷川潔(1891-1980)の「ご縁」です。
長谷川潔は、「マニエル・ノワ ール」で有名な銅版画家です。フランス語で「黒の技法」を意味し、英語ではメゾチントと呼ばれます。 19 世紀の写真の登場以降廃れていた銅版画技法マニエル・ノワール(メゾチント)。その黒の美しさに惹かれた長谷川潔は、独自に研究してその再興に取り組み、静謐さをたたえるビロードのような深い黒の画面による静物画を制作しました。その静謐で深遠な作品は国際的に高く評価されています。
私の画廊でも長谷川潔の作品をたくさん扱ってきましたが、黒の使い方が素晴らしいでしょう。
長谷川潔は当初、外交官を目指して勉強を始めますが、病気のため断念し、画家になることを決意したそうです。28歳で念願のパリに降り立ち、過労や病気、弟の死など、多くの困難があったようですが、33歳で「マニエル・ノワール」の作品を発表し、パリの芸術家たちとの親交を深めながら、数々の展覧会で作品を発表し活躍します。
第二次大戦における心身の疲労により、制作ができなくなった時期もありましたが、戦後は、政府買い上げや、ルーヴル美術館に原版が買い上げられたり、フランスの文化勲章を受章するなど、長い道のりを経て益々「マニエル・ノワール」は円熟味を増していき、現代にいたるまでその深い黒は輝きを放っています。
私の画廊でお求めになった長谷川潔の版画を、愛知県碧南市の「藤井達吉現代美術館」に寄贈されたコレクターの方がいらして、「一度見に来てね」と以前から言われてはいたのですが、何せ東京からは遠くて、なかなか伺うことが出来ませんでした。
今回、「新収蔵展」が開催されるとあって、エイヤっと、思い切って碧南まで行って来ましたが、「行って良かった」と本当に思いました。学芸員や館長の収集眼が素晴らしいのでしょうね。
まず高松次郎の大作「形」が展示されていました。
高松次郎(1936-1998)は、前衛美術家で、作品はインスタレーションから絵画、彫刻、壁画、写真、映画にまで様々なスタイルに至り、多くの作品が抽象的かつ、反芸術的な色合いが濃いもので、実体の無い影のみを描いた作品「影」シリーズが脚光を浴び、1960年代以降の日本におけるコンセプチュアル・アートに大きな影響を与えました。でも1980年代に登場する「形」シリーズからは作品に飛躍的な展開が見られ、平面空間に線、面、色彩が溢れるようになります。その「形」シリーズの大作が展示されていたんです。
「影」という実態のないものから「形」へどう繋がっていったのか興味深いところでした。実は以前、画廊でも「形」シリーズの習作を扱ったことがるのですが、それまでの作品よりも有機的な感じがして、実態のないものから、色や実態のあるものへと繋がっているような気がしました。
ところで、高松次郎は中学2年生の頃にピカソとアインシュタインを知り大きな衝撃を受けたそうです。それぞれに美術と物理学の分野で革命を起こした誰もが知る人物です。この二人が影響を与えていることもとても面白いですよね。
そして、高松次郎は1998年に、62歳という若さで亡くなるのですが、亡くなる直前までこの「形」シリーズを追及し続けたそうです。
この美術館には、長谷川潔の版画が29点も収集されており、そのうちの一部が展示されていました。この他には掛井五郎の彫刻などもあり、とても見応えがありました。
さて、美術館の名前にもなっている藤井達吉ですが、私はこの美術館を訪れるまで全く知りませんでした。藤井達吉(1881年- 1964年)は、螺鈿や七宝、鉛を用いた草木図屏風(東京国立近代美術館蔵)やアップリケや刺繍を施した大島風物図屏風(碧南商工会議所蔵)などの代表作があり、日本近代工芸史において前衛的な活動を行った碧南市出身の工芸家です。この美術館は、明治から大正、昭和にかけて工芸を芸術の領域まで高め、改革をした藤井達吉のコレクション展示を中心にしており、「旭日」という作品をはじめ、藤井達吉の作品が多数展示されていました。
藤井達吉は、独学で、大きな展覧会に作品を出品することもほとんどなく、画商に作品を売り込みもしなかったそうです。その分記録が少なく、活発な活動に反して日本近代美術史で取り上げられる機会が減っていったそうですが、最近では藤井達吉の業績が見直されるようになってきたとのことでした。1991年に愛知県美術館で開催された「藤井達吉の芸術-生活空間に美を求めて」展が、その先駆的作品が評価されるきっかけになったそうです。
藤井達吉の後半生は、郷里での後進指導に重点が置かれました。瀬戸の陶芸や小原の和紙工芸の現在の発展の基礎を築き、現在も教えを受けた工芸家の方がご健在だそうです。そして、碧南市には藤井達吉を敬愛し生活を支えた市民の方々がおられ「野菜を持って行った時に水墨をお礼に描いてくれた」という心温まる逸話もあるそうです。そして、1964年に83歳で亡くなります。
余談ですが、愛知県碧南市までは、名古屋駅から電車で東に1時間ほどかかり、碧南市は三河湾に面していて「三河」です。同じ愛知県でも、名古屋市のある西の「尾張」と、碧南市のある東の「三河」では違うんですよ。江戸時代には、尾張国は徳川家が支配した尾張藩、三河国は中小藩や幕領などが入り組んだ地域だったそうですが、明治になり、統廃合を経て「名古屋県」(おおむね尾張)と「額田県」(おおむね三河)に。翌年、名古屋県が「愛知県」に改称し、額田県を合併して現在まで続く愛知県が誕生したんです。もともと尾張と三河は「風土人情が異なる」とされ、今でも尾張出身者は「名古屋出身」といい、三河出身者は、意地でも「名古屋出身」といいたくない人がいるようで、「愛知県出身」という人が多いようです。ちなみに私は、名古屋市で生まれた訳ではないですが、尾張出身なので「名古屋出身」というんですよねえ。ホホホ
美術館を出てブラブラしていたら、近くに木造の大きな古い建物がありました。覗いてみると、「清澤満之記念館」とあります。解説してくださる方がいて、清澤満之(きよざわ まんし。1863年-1903年)は、日本の明治期に活躍した真宗大谷派(本山・東本願寺)の僧侶、哲学者・宗教家で、東京大学文学部哲学科を首席で卒業したものの、最低限の自戒生活を始め、黒衣黒袈裟の僧服姿で、食膳は麦飯一菜漬物、煮炊きはせず、酒はもちろん茶すら飲まず、飲料には素湯もしくは冷湯を用いていたようです。そんな生活を続ける中、学問の面でも『歎異抄』などをよく読み、執筆活動をしていたようですが、肺結核を発病。禁欲生活で体力が落ちた体で、宗門改革運動を始め、東本願寺における近代的な教育制度・組織の確立を期して種々の改革を建議・推進し、しばしば当局者と対立し、宗門からの除名処分を受けました。それでも、東本願寺が開校した真宗大学(現、大谷大学)の学監に就任するも、翌年辞任。肺結核が悪化し、改革の道半ばにして西方寺にて死去、満39歳没。
満之が生活していた部屋を見せてもらったのですが、大きい建物の中の、四畳半も無いような狭い小さな部屋でした。檀家にも相当に疎まれながらも、信念を貫いたんですね。満之は、死後長らく忘れ去られていたようですが、戦後になってから再発見され、「中央公論」「近代日本を創った宗教人100人を選ぶ」で取り上げられたこともあったようです。
今回の碧南行きは、藤井達吉や清澤満之と出会うことができ、また私の画廊と縁のある長谷川潔の版画を見ることもでき、とても有意義な一日でした。
みなさんも碧南を訪れては如何ですか。
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