詩人 ジョアン・ミロ
— 2025年5月12日私は、スペインの画家ジョアン・ミロ(1893年~1983年)が昔から好きで、自宅に版画を飾っていたこともあります。どうしてこんなに好きなのかしら。と思っていたのですが、2025年3月1日(土)~7月6日(日)まで、上野にある東京都美術館で開催されていて、さっそく行ってきました。
実は、私は学生時代にバルセロナに行ったときに、ミロ美術館に行ったことがあるんです。そこはミロが構想をして親友のジョアン・プラッツとともに作った美術館で、大きな彫刻などもあって開放的で素晴らしかったんです。
今回は「ミロのすべてがここに 初期から晩年まで、空前の大回顧展」と銘打っているだけあって、本当に見応えのある展覧会でした。
展覧会のカタログには、「太陽や星、月など自然の中にある形を象徴的な記号に変えて描いた、詩情あふれる独特な画風」と書かれていて、私も全くその通りだと思います。
でも、展覧会を見てみると、ミロは、それほど単純ではないみたい。「記号」って「シンボル(symbol)」のことでしょう。たとえば、鳩は平和の、高級外車は金持ちの「記号」といったように、何か意味を持っていたりしますよね。
ミロは、「太陽や星、月など自然の中にある形を象徴的な記号に変えて描いた」のですが、何を示そうとしたのかは、言葉では言えないみたいです。
ホテルの支配人に、ダイニングルームを飾るミロの壁画について、「これは何を表現しているのですか」と尋ねられて、ミロは、「何も」と答えただけだったそうですから。
ミロは若いころうつ病と腸チフスになってしまい、療養のためにカタルーニャのモンロッチという村に滞在しました。その環境がミロにとって画家としての大きな基盤となっているそうです。この頃の風景画はとても緻密で、一見ミロだと分かりませんが、ミロらしい詩情溢れる情景で、カタルーニャ地方の風土の魅力が伝わる作品でした。
ところがミロは1920年代に「絵画を暗殺したい」と述べているそうです。「伝統的な絵画を否定し、独自の記号と色彩の言語を発展させることで、自身の芸術を解放し再創造しようと試みた。」と言われています。
パリに渡ったミロは、シュルレアリスム(超現実主義)の画家たちに出会い大きな影響を受けたそうです。シュルレアリスムとは、1920年代にフランスで誕生した芸術運動で、通常の論理や常識に縛られた現実を超えた世界、人間の内面にひそむ潜在意識・無意識や夢の中の「真実」を表現しようとした試みと言われています。このシュルレアリスムはミロの画風に大きな変化をもたらしたそうです。1914年から1918年までは第一次世界大戦が起こり、それまでの価値観が崩れたことも大きな影響があるようです。
そして、想像力や空腹からくる幻覚などを駆使し、ミロらしい記号のようなかたちを感覚的に描くようになったのはこのころからだったとか。ミロの自由奔放な画風は、シュルレアリスムの提唱者アンドレ・ブルトンから「真のシュルレアリスム」として高い評価を受けたそうです。
その後、既存の芸術表現からの脱却を模索するなかでミロの作品が「言葉」とともに描かれるようになり《絵画‐詩》というシリーズにつながっていきます。
ところで、ミロの有名な作品として、「星座シリーズ」があります。今回の展覧会でも大きな目玉として展示されている作品です。今では世界中に散らばっていて、複数点を一度に見ることができるなんて本当にすごい機会なんです。これらはミロの代表作で全23点のグワッシュ画として1940年から制作されています。詩情豊かで、私も大好きな作品で、「夜や音楽、星」を着想源として描かれた美しい作品として世界的に高く評価されています。
ミロ「明けの明星」
ミロ「女と鳥」
ミロ「カタツムリの燐光の跡に導かれた夜の人物たち」
特に「明けの明星」という作品は、私には怪獣と人間が戦っているように見えます。「女と鳥」は夜の暗闇に何かが潜んでいるような感じがします。「カタツムリ」はユーモラスですが、青や赤の色づかいは緊張感があります。モチーフは少し怖かったりするのですが、悲壮な感じはなくて、夜空に星がきらめくような美しさを感じます。
見る人によっていろいろな想像を巡らすことができて、ミロってとても自由なんですよね。
でも背景を聞くと、悩ましいものがあります。展覧会でのタイトルは「逃避と詩情 戦争の時代を背景に」です。
1936年7月18日にスペイン内戦が勃発します。カタログには「当時の社会の混乱にミロも影響を受けていたが、そこで彼が取った選択は、現実からの完全な逃避だった。そのため、ミロの絵画は内面的な探求の手段となっていく。その頃から、彼の作品のなかの人物たちはそれまでの身体的な質感を失い、再生の魔法を感じさせる要素をもった、想像力に訴えかける絵画へと変化していった。」
1939年9月に第二次世界大戦が始まり、ミロは1940年1月から「星座シリーズ」の制作を開始します。
戦争の影が色濃くなったこの頃から、ミロは戦禍を逃れ各地を転々としながら、地方での隠遁生活のなかでさらに内省を深め、音楽を感じさせる幻想的なこの連作でミロ独特の「記号」を確立したそうです。
カタログには、これら3点を「シンプルかつ音楽的な線によって描かれた、希望を喚起する幻想的な連作」であると紹介されています。
ミロの「星座シリーズ」は、悲惨な戦争の中でもミロが内面を探求し制作した、「再生の魔法を感じさせる要素をもった」「希望を喚起する」記号なのかもしれませんね。
ミロは、「私の作品が、画家によって音楽がつけられた詩のようであってほしい」と述べています。
またミロは、自らの作品について「静寂のなかに聞こえる音、不動の動、無生物に宿る生命、有限のなかの無限、空虚のなかの形態、そして匿名性のなかの私」を追求するものであると述べ、「木を見て、心を打たれる。まるで息を吸う音が聞こえ、さらには語りかけてくるようで。木もまた、人間的な存在なのだ」とも述べていて、ミロは「花々や声なき物たちの言葉を理解する」「詩人」なんですね。
戦後、ミロの抽象芸術は、芸術の中心となるアメリカで高い評価を受け、巨匠としての地位を確立します。そして1956年にマジョリカ島のパルマに大きなアトリエを構えます。ここでミロは、絵画だけでなく、版画、彫刻、陶芸、壁画、詩など様々な芸術表現で活躍し、公共施設などの壁画を通して多くの人々に親しまれるようになりました。
私には、ミロの晩年の作品は、戦争中に描かれた「星座シリーズ」の繊細さや緊張感は失われたように感じますが、形や色彩も大胆になっていると思います。
ミロは、アメリカの抽象表現主義の画家たちにも影響を与えながら、晩年になっても大画面の絵を描いたり新しい芸術表現を模索したり、90歳で亡くなるまで精力的に活動します。
そして20世紀芸術のなかでも独自の芸術を確立したミロの鮮やかで自由な作品は、いつの時代も色あせず、私たちの想像力を刺激し続けています。
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