善光寺参りと東山魁夷
— 2024年11月18日善光寺のお参りと、東山魁夷なんて何の関係もなさそうですが、長野県長野市にある善光寺から、歩いて20分位でしょうか、長野県立美術館 東山魁夷館があります。
善光寺にお参りし、とてもいい天気だったので、ぶらぶらと城山公園を散歩して、おでんなんかを食べて、いい気分で、美術館へ行きました。
もちろん「東山魁夷館」なんですから、東山魁夷の作品がたくさんあります。
展示されている作品を見て、これは私も扱ったことがあったななんて思いながら、見て回っていたのですが、一通り見て、ホット一息ついて美術館の屋上のベランダへ出てみると、そこにはまるで東山魁夷の作品そのもののような美しい風景が広がっていました。
「うわー綺麗」
東山魁夷の作品が、長野県の山々を描いたものであることは、知識としては前から知っていたんですが(私は、東山の出身が長野県と思っていたくらいですが、実は、横浜生まれの、神戸育ちなんですね)、この美術館の屋上から見渡す山並みは、東山作品と響き合って、まるで一つの作品のようでした。
東山自身が、「東山魁夷館に寄せて」と書いた文書があります。
「私が初めて信州へ旅したのは、今から64年前の大正15年夏のことでした。当時、東京美術学校日本画科の一年生だった私は、友人三人と木曽川沿いに天幕を背負って、10日間の徒歩旅行をし、御嶽へ登りました。横浜で生まれ神戸で少年期を過した私は、初めて接した山国の自然の厳しさに強い感動を受けると共に、そこに住む素朴な人々の心の温かさに触れることが出来たのです。」
この旅行の二日目、大雨で、雷鳴がひどかったことから、東山が「とある農家の戸を叩いて、わけを話しますと、老婆が気持よく迎え入れてくれました。土間でよいから泊めて下さいと言ったのですが、座敷へ通してお茶など出してくれました。」「この辺には名所もないが公園が出来たからと言いながら、老婆は私たちを誘って外へ出ました。すると、思いがけなく美しい月夜になっていました。公園というのは近くの水力発電所のそばに少しばかりの桜の木が植わっているだけの、ごく簡素なものですが、お婆さんはまんざらでも無さそうな様子でした。私もこの月明の静かな山峡の眺めは、全く都会の公園では味わえない素晴らしいものだと思いました。夜の大気は澄み切っていて、涼風が爽やかに吹き渡っていました。」
「この旅はその時は気付きませんでしたが、私に大きな影響を与えたものであることが、ずっと後になりわかったのです。それ以来、山国へよく旅をするようになり、信濃路の自然を描くことが多くなりました。そして、風景画家として一筋の道を歩いてきました。」
「そうなんだなあ」と、私も東山魁夷の世界を心から感じることができました。
でもこの感動は、作品と風景だけによるものではないことにも、すぐに思い至りました。美術館の素晴らしさがあってのことなんです。
この美術館は、建築家の谷口吉生(よしお)さんが設計したものなのですが、谷口吉生さんといえば、ホテルオークラのロービーの意匠を手掛けられたことが有名で、オークラの「山里」という日本料理のレストランに東山魁夷を飾るときに少しご縁があった方なんです。その先生の設計の美術館で感慨深いものがありました。
谷口吉生さんは「今回の設計で考えたことは、言うなれば展示作品の額縁になるような建築にするという方針です。額縁は絵よりも目立ちすぎて鑑賞の妨げになってはいけないし、絵を守る役目もある。」「外部は善光寺に近い公園の中にあるため、その環境とも調和しなくてはなりません。外側を低い塀で囲い中庭と池を設けましたが、これは公園の領域から美術館を、空間として分けるためです。同時に公園に遊びに来た人も自由に池越しに美術館を眺めることが出来ますし、公共的な場所であることを意識して開放的な空間になっています。中庭に面したラウンジの天井には池の水に光が反射し、波紋を描きます。美術館の建築は、内部では展示物や人が空間をつくり、外部では自然、つまり光や風や緑が四季折々の表情を与えてくれることが重要だと私は思います。」と述べています。
東山魁夷の作品と、周囲の山並みや公園と、美術館の三つが、重なり合って、いわば大きな大きなインスタレーションを「体験」しているようでした。
ところで皆さんは、「牛に引かれて善光寺参り」という昔話をご存じですか、「ケチで性根の悪いおばあさんが、川で布を洗濯していたところ、一頭の牛が現れて角で布を引っかけ走り出した。おばあさんはその牛を追いかけ、なんと善光寺まで来てしまった。牛が入っていったお堂におばあさんも入ってみると、光明に照らされて、牛のよだれが『牛とのみ思いすごすな仏の道に 汝を導く己の心を』と読めた。するとおばあさんの心に仏の心が芽生え、すっかり信心深い人間に生まれ変わってしまった。」というお話です。
このお話は強引な仏教説話で私は「チョットどうかなあと」とは思いますが、牛に引かれなくとも、善光寺と東山魁夷館を巡ってとても素敵な一日を過ごすことができました。皆さんにも、是非、おすすめしますね。
実は、個人的には「緑響く」や「白馬の森」を見たかったのですが、ちょうど、東山魁夷が取り組んだ唐招提寺御影堂障壁画のために中国への取材から生まれた作品がメインとなっており、少し渋めの作品や「木枯らし舞う」「秋思」「夕紅」などの秋冬の作品が展示されていました。
お目当ての作品は展示期間外のため見られず、少しだけ残念ではありましたが、それでも版画作品にくらべると本画はとても大きく、迫力があり大変に見応えがありました。年に4回の展示替えをするそうなので、自分の見たい作品が展示されているか確認してから行くのもいいですね。
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