マティス展 Henri Matisse:The Path to Color 絵画販売・絵画買取で実績が豊富な東京・銀座の画廊です。現代アート・日本画・洋画・版画・彫刻・陶芸・浮世絵・茶道具・西洋アンティークなど多彩なジャンルの美術品を豊富に取扱いしています。 

マティス展 Henri Matisse:The Path to Color

とっても暑い毎日が続きますが、少し涼しくなる夕方になってからブラッと上野の東京都美術館へ行き、マティス展 Henri Matisse: The Path to Colorを見てきました。
「the path to color」とは「色彩への道程」という意味で、カタログに「若き日の挑戦から晩年の大作まで、巨匠マティスの芸術をたどる色彩の旅」とうたうだけあって、日本では「約20年ぶり待望の大回顧展」でした。

マティス

マティス

マティス

 マティスといえば、「20世紀を代表するフランスの巨匠、アンリ・マティス(1869-1954年)。強烈な色彩によって美術史に大きな影響を与えたフォーヴィスム(野獣派)の中心的な存在として活動したのち、絵画の革新者として、84歳で亡くなるまでの生涯を、感覚に直接訴えかけるような鮮やかな色彩とかたちの探求に捧げました。」と紹介されていますが、私は、初期の作品や、様々な「挑戦」をしている時期よりも、やっぱり晩年の作品が好きですね。

マティス

これはマティスの79歳のときの作品だそうですが、不思議な構図ですよね。子供向けの「ジュニアガイド」には、

 お部屋の中にあるものはなんだろう?
 壁にあるのは絵かな?
 鏡かな?
 窓かな?
 実物をみると、きっとさらに発見があるよ!

と書いてあります。うーーん 何が描かれているのかしら

これはヴァンスのアトリエシリーズの最後を締めくくる作品だそうです。実際に描かれているものは「絵画」「テーブル」「花瓶」「敷物」などですが、モチーフの配置がちょっと不思議ですよね?まるで画面が中央で区切られているような、左右対称のような画面です。マティスの絵は「色彩」も特徴的なのですが、この「モチーフの配置」もなかなか面白いものがあるな、と思います。のびのびした線で描かれているのですが、絶妙な構図によって作品に良い緊張感を感じますね。

ところで、マティスは、ピカソとは終生友人であり良きライバルでもあったといわれていますが、ピカソだけでなく、ゴーギャンとも関係?があり、ゴーギャンの愛したタヒチを60歳頃にマティスも訪れています(もっともマティスがタヒチを訪れたのは1930年ですが、ゴーギャンは1903年に亡くなっていますから一緒にいったわけではありません・・)。
 タヒチをマティスは絶賛しています。

「木々・・・この島の木々がどんな感じなのか、きっと君には想像もつかないだろうなあ! 雨や夜、そして永遠の重みによって、ここに生える木々は深く頭を垂れ、重厚な身廊を形づくり、大地に滴をこぼすんだ。生い茂った葉が大きな手のように揺れ、果実が月のようにぶらさがっているところもあったよ」

実は、「南方好き」という人は日本にもいるんです。ゲゲゲの鬼太郎で有名な漫画家の水木しげるは、「世の中には“南方好き”という奇妙な部類に属する人がいる たとえばゴーギャンとかスティーブンソン(宝島やジキル博士とハイド氏を書いたイギリスの作家です)とかいった人たちだが・・ぼくもまたその“奇妙な部類に属する”南方病の患者“であった いわゆる”現地人“たちの”奇妙なノンキ“さ そして明るい色の木々 そしていつもおだやかな海 美しい夕日」と述べていて、ニューギニアに移住しようとしたり、「南方の妖怪」が”見えてくる“とか言い出すんです。

 1941年、第二次世界大戦の真っただ中、71歳のマティスは十二指腸がんの大手術を受け、余命6カ月と宣告されたそうです。家に戻り、ベッドの上で絵を描き続ける画家は、少しずつ奇跡的な回復をみせ、そして「切り絵」を使った作品を創り出し、後に「最高傑作ができたのは病気のおかげ」とまでいうようになるのです。

マティス

マティス

マティス

 ばら色や青色、灰色といった紙を山ほど助手に用意させ、マティスははさみを取り出し、図案を切り出したのです。
 
 1943年からマティスは、切り絵に焦点を当てるようになったそうですが、こんな状況の中でも、制作をし続けるなんてすごいですよね。
 
 個人的にマティスらしいなと感じるのは、マティスが50歳以降の作品なのですが、展覧会のテーマ「the path to color(色彩への道程)」とあるように、「切り絵」は、色彩について探求をし続けてきたマティスの集大成だと感じました。「ハサミで描く」という画期的な手法で、ときには見上げるほど壮大なスケールで描かれており、すでに高齢で病気も抱えていたマティスにとって、どれほどの労力だっただろうと思います。しかし、そんなことはまったく感じさせない自由な動きと鮮やかな色彩に満ちています。

マティスの家は代々、織物職人の家系でした。そのことは「彼の血に織物が流れている」と言われるくらい、マティス芸術に影響を与えています。感性豊かな少年時代のマティスは、職人たちが作り上げる色とりどりの織物を見て、大きく影響を受けたことでしょう。色の魔術師と言われるマティスの生涯にわたっての原点になっているんですね。

「僕は神を信じるか?YES。制作中は、心から神を信じている。僕が素直で謙虚な時は、自分が何かに導かれているからこそ、自分自身を超えられるのだと感じる。それでも、神への感謝の気持ちはない。手品を見てトリックを見破れなくても、当の手品師に感謝する気にならないのと同じだ。むしろ、その経験から得られるものが何もなく、努力しただけ損だと思ってしまう。そう、僕はまったくの恩知らず野郎なんだ」

なんてことを言いながらも、77歳になったマティスは、建築家と協力して礼拝堂のデザインを立案し、ステンドグラス窓やタイル絵などを含め、南フランスのヴァンスにある「ロザリオ礼拝堂」を創りあげます。

総合芸術として、建物の装飾はもちろん、その設計、家具、祭服や典礼用品に至るまで、礼拝堂に必要なあらゆる物を自身でデザインしたそうです。

東京都美術館の会場には、そのプロジェクトにあたり制作されたデッサンなどのほか、紹介VTRの上映もあったのですが、素晴らしかったですよ。観光スポットとして訪れる方も多いようです。

「この礼拝堂は、私の人生を賭けた仕事の到達点だ。」

「いまも続く探求の果てに、私が選んだのではなく、運命によって選ばれた仕事である」

これまで日本の展示では、マティスの作品は裸婦などの人物画を見ることが多かったような気がします。実は今までマティスにはそこまで感動をしたことがなかったんですが、今回の展覧会で、ヴァンスのロザリオ礼拝堂を見たときに、こんなに素晴らしい色彩と光に包まれた教会があるんだ!と驚きました。
アルハンブラ、アメリカ、オセアニア、タヒチなどを訪れる中で、常に新しいものに触れながらイメージを膨らませていき、マティス自身の病気と闘いながら、晩年にこんなに瑞々しくて洗練された教会を作ることができるなんて、と深く感動しました。
マティスは1954年に84歳で生涯を終えますが、このロザリオ礼拝堂はまさにマティスの魂そのもののようで、今の時代に見てもとても新鮮で、色あせない輝きがあります。

展覧会は8月20日(日)まで開催されています。マティスの美しい色彩を感じてみてはいかがでしょうか?


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