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越後妻有(えちごつまり)を訪ねて

 先日、新潟県の越後妻有を訪ねて来ました。昨年、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ(The Echigo-Tsumari Art Triennial)」が開催されて、その際訪れたのですが、3年ごとのお祭りで、今年は開催されていないものの、常設展示もあることから、今年も行って来ました。

 本当に素晴らしいですよ。この芸術祭は、アーティストと地域住民とが力を合わせて地域に根ざした作品を制作、継続的な地域の活性を目的とする芸術祭なんです。
「人間は自然に内包される」を理念にしており、越後妻有地域の広大な土地を美術館に見立て、地域そのものがアートと一体になっています。

 旅行ガイド風にご紹介すれば、まずは清津峡(きよつきょう)ですね。
清津峡は、信濃川の支流である清津川が形成した峡谷で、上信越高原国立公園内にあるのですが、そこに長いトンネルがあるんです。

 このトンネルは、マ・ヤンソンという作家の「Tunnel of Light」という作品で、2018年の芸術祭のときに既存のトンネルがアート作品として改修されました。
全長750メートルの歩行者専用トンネルで、途中にいくつかの展望台があり、トンネルの中はブルー、赤、黄色のライトに照らされており、所々にいくつかのアーティスティックな空間が広がっています。なんとトイレもアートでした!そして、やはり見どころは終点の「水鏡」ですね。

つい裸足になって「水鏡」に足を触れてみたのですが、冷たくて気持ちが良かったです。ここを訪れる人を、この土地の圧倒的な美しさにつなげることを目的にして作られているそうですが、確かに五感を使って自然と一体になるようでした。アートの力によって、さらにこの土地の魅力が増している感じですね。

 次は「最後の教室」です。

この作品は「人間の不在」を表現したフランスの作家クリスチャン・ボルタンスキーとジャン・カルマンによる大地の芸術祭の大規模なインスタレーションです。

 暗闇の中で、廃校になった校舎の中を歩くとドキドキしますよ。暗く広い空間の地面には藁のようなものが敷き詰められており、歩くとフカフカと足元が不安定です。そして、暗い校舎の中を進むと、ガラスの棺桶のようなオブジェが並ぶ空間が広がり、ドンドンと心臓音のような音が鳴り響き、見る者を不安な気持ちにさせます。まるで今のウクライナを思い起こすような感覚にもなり、何故ボルタンスキーは日本でこのような表現をしたのか?それには過去の生い立ちを学ぶと分かってきました。

ボルタンスキーは、1944年、ナチス占領下のパリで生まれ、父親は改宗ユダヤ人であったため、フランス人の母親と離婚して家を出て行ったように偽装し、家の床下に隠れ住んでいたそうで、終戦後母親やその友人から聞かされた強制収容所の話を含むこれらの経験がボルタンスキーの作品に深い影響を及ぼしているそうです。
 彼の代表作に、電球と金属のフレームで囲われた子供たちの白黒の顔写真が祭壇のように配される作品があります。
 

 大きく影響を受けた幼少の記憶からさらに「より普遍的な、そして避けられない死の表象を目指す作品」を発表し、ユダヤ人だけでなく、あらゆる人種、立場の人々の写真を次々と作品に導入していき、「無名の個人を記憶に留め、人間存在の重要さと儚さ、消滅を表現する」ようになったそうです。
 「人間の不在」というテーマには、深い意味があるんですね。

 私は廃校になった「最後の教室」の中を歩いていると、人が居ないなかで綺麗なシーツの下には死体がベッドに転がっているようで、「お化け屋敷」の怖さとは違うのですが、1人で歩くと、誰も人がいないのに静けさの中で誰かが私を見ているような不気味さを感じました。これほどインパクトの強いインスタレーションはこれまでなかったのですが、日本人の私に何を感じさせようとしているのか、考えさせられました。

 そして、「家の記憶」という作品も見逃せません。

 これは塩田千春の作品なのですが、「作品の解説」には、「作家はベルリンに在住する。越後妻有には2週間の間滞在し、黒い毛糸を空家の1階から天井裏まで縦横無尽に張り巡らせた。編み込まれているのは、地元の人たちから集めた「いらないけれども捨てられないもの」。家具、衣類、書籍、空家に染みこんだ記憶を紡ぎながら、丁寧に糸で編んでいった。「集落の皆さんに協力していただき作品が完成できたことに感謝しています」(塩田千春)」と記載されています。
 
 「家の記憶」の建物には、受付にボランティア風のおじさんがいて、親切に解説してくれたのですが(自分が拾ってきたクルミを200円で売っていました)、そこに自転車に乗っておじさんが来ました。私は、なにげなく話していたのですが、近所にある「家」を買い取って、1人で暮らしていると言うんです(雪も凄いだろうし、1人暮らしは不便でしょうにねえ。夏だけ住むのかもしれませんけど)。もともとは都会で暮らしていたようですが、「家の記憶」の解説をしてくれたおじさんと「友達」になって、これから「山の中を散歩」に行くと楽しそうに話していました。
 これもまた「家の記憶」になるのかなあ・・

 さてこんなに魅力的な「越後妻有」なのですが、自然にこうなったのではなく、これを企画して実現した人がいるんです。私は知らなかったのですが、北川フラムという人です。
 「芸術祭で賑わうこの里山も高齢化、過疎化の波にさらされ、厳しい状況にあった。このプロジェクトが立ち上がった当初、地域の人々は芸術祭に懐疑的で、総合ディレクターの北川フラム氏は、集落に2000回以上足を運んで対話や会議などを行う「2000回行脚」を経て、第1回の実施にたどりついた」そうです。
北川さんは、「グローバル経済のなかで、個々の地域と大地は厳しい状況に置かれていますが、大地の芸術祭は芸術文化をもってそこに風穴をあけました。地域の特色をアーティストが発見し、その作品づくりの過程で地元の人たちと交流し学ぶこと、その作品を体感するために来訪者が地域を巡ることを主軸とした3年ごとのお祭りです。 地域の人たちが楽しみにする、労苦の後の祝祭であり、土地への誇りです」と語っています。
 
 皆さんも一度、「越後妻有」に足を運ばれては如何でしょうか。きっと夏の良い思い出になると思いますよ。


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