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マリー・ローランサンとココ・シャネル

先日、京都市京セラ美術館で、「マリー・ローランサンとモード 1920年代パリ、女性たちは羽ばたいた」を見て来ました。

マリー・ローランサン

 ローランサンと言えば、女性的で優美な画風で誰もが知っているかと思います。

マリー・ローランサン

マリー・ローランサン

 淡い優しい色彩は、誰が見てもローランサンの作品だと思わせる、独自の画風を確立していますよね。絵柄からは、優しい人柄が窺えそうな気もするのですが、ちょっとそれだけじゃないんです。

ローランサンは1883年(日本では明治16年)生まれですが、あのココ・シャネルも同じ年の生まれで、2人とも第一次大戦(1914年から1918年。日本では大正3年から大正7年)後のパリで大活躍していたんです。

この第一次大戦後の1920年代は、「狂騒の時代」と言われています。アメリカを中心にジャズ・ミュージックが花開き、それまで女性らしいとされてきた装いや行動様式ではなく、「モダン・ガール」と呼ばれた、膝丈の短いスカート、ショートヘアのボブカット、濃いメイクアップの若い女性が登場し、そして最後は1929年(日本では昭和4年)のウォール街の暴落がこの時代の終わりを告げて、世界恐慌の時代に入っていくまでの10年間です。

 当時のパリは、自由な雰囲気に溢れていたようで、多くのデザイナーが競ってモダン・ファッションに取り組み、女性の服が大きく変化を遂げた時代でした。美術とファッションという異なる分野で活躍した2人ですが、パブロ・ピカソやジャン・コクトーなど共通の友人も多かったようです。

 今でこそアートの世界で活躍する女性は増えていますが、この時代に女性がプロの画家として自立することは並大抵のことではなかったでしょう。
 作品を見ると、あまたの芸術家の中でも埋もれることのない個性と、女性らしいといっても、可愛らしさや美しさだけではない挑戦的な雰囲気も感じます。
 それにしても、これだけの人たちと渡り歩くなんて、ローランサン本人が持つ人としての魅力もあったのでしょうね。

 パリの社交界ではローランサンへ肖像画を依頼することがステータスとなっていて、シャネルも成功の証しにと、ローランサンへ肖像画を依頼したそうです。

マリー・ローランサン
ローランサンの描く男爵夫人の肖像

 でも、シャネルは、「似てないから描き直して」と突き返したそうです。

マリー・ローランサン
ローランサンの描くココ・シャネル

ローランサンも「所詮シャネルはオーベルニュ(どこかしら?)の百姓女よ。こんな百姓女に私は譲歩することはないでしょうね」と譲らなかったため、ついに肖像画が受け取られることはなかったんだそうです。
 2人とも凄い女性ですよねえ。

 「マリーのモットー」は、「贅沢が好き パリに生まれたのが誇り 説教も、批判も お世辞さえも嫌い 早く食べてー早く歩いてー早く読む」ことだったそうです。

 そこまで言えるなんて普通の人には難しいですが、芸術家らしいといえばらしいですよね。それでも二人の友好は続いていたというのですから、強い個性の二人でも、お互いに才能を認め惹かれあっていたのでしょうね。
 
 でも、明るく華やかなことだけじゃないんですよ。
ローランサンは、第一次大戦、第二次大戦の時代を生きているのですが、戦争の影響を強く受けています。ローランサンは、1914年にドイツ人の男爵と結婚しているのですが、その年に第一次大戦が起こり、ローランサンとドイツ人男爵夫婦は、スペインに亡命しています。
 1918年に第一次大戦が終わり、単身パリに戻るのですが、翌年には離婚しています。
 1929年に世界恐慌が起こり、ひどい混乱の中で、ドイツではナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)のヒットラーが台頭し、1939年(昭和14年)にはドイツのポーランド侵攻をきっかけに第二次世界大戦(1939年から1945年)が始まります。

第二次大戦中、ローランサンの作品は、ナチスから「退廃芸術」と批判されていたようですが、かってドイツ国籍をもっていたことや、ドイツ人の文化担当将校と面識があったことなどから、1944年のパリ解放の際、対独協力者として捕らえられたこともあったようです。
疑いは直ぐに晴れたようですが、その後ローランサンは、華やかな社交界から離れて宗教のなかに安らぎを見いだしたそうです。

マリー・ローランサン

ローランサンの作品には、二つの戦争を経験したつらい思いや憂いも込められているんですね。

ところで、同じくシャネルも対独協力者として戦後に逮捕されてしまいます。チャーチルの尽力で釈放され、スイスに移住しファッション業界から引退しますが、ディオールの女性の体を締め付けるデザインに反発して復帰し、再びファッション業界のスターダムにぼりつめたことは有名です。
もちろん1920年代のシャネルのデザインは、今見てもとても美しく、新鮮な驚きを与えてくれます。現代でも通用するシャネルの美的感覚は目をみはるものがありますね。

 そして、展覧会のエピローグでは、シャネルのアーティスティック・ディレクターを務めたカール・ラガーフェルドが手掛けた、ローランサンの色彩から着想を得たコレクションのショー映像が流れていましたが、長い時を経て再び巡り合ったローランサンとシャネルの融合は、大変に見ごたえのあるものでした。

時代の波に翻弄されながらも、自分を貫くことの大変さはよく分かります。
 ローランサンもシャネルも、女性が活躍する社会の先駆けとも言える存在ですが、今の時代に二人の人生から学ぶことも多いと思います。展覧会は現在、名古屋市美術館で開催中です(9月3日まで)。是非この機会に、100年近く前に時代を大きく変えた女性たちの活躍を見に行かれてはいかがでしょうか。


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