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信州小布施の秋散歩 栗と葛飾北斎

 珍しく気持ちの良い秋晴れだったので、ふらっと信州長野の小布施へ行って来ました。東京から新幹線で長野まで行き、ローカルな長野電鉄に20分くらい乗ると小布施です。小布施は情緒があって、いいところです。調べたところによると、お菓子屋さんと酒造屋さんが「人を呼べるまちづくり」に尽力されたそうで、今では「栗と北斎と花のまち」として多くの方に親しまれ、地元の人と交流しながら小布施散策もできるそうですよ。とくに小布施の目玉とされる北斎館、高井鴻山記念館のある辺りは、情緒あふれる街並みです。名産の栗の角材を敷き詰めた栗の小径があって、木の感触もあり、デコボコした道なのでヒールのある靴だとうっかり躓いて転んでしまいそうになります。

小布施

私は最初に高井鴻山記念館を訪れたのですが、ここでは鴻山が描いた「妖怪図」がたくさん展示されていました。高井鴻山は葛飾北斎の門人で、小布施村の豪農商の四男だったそうですが、兄たちが次々と亡くなり跡取りとして期待されていたようです。「豪農商がなんで妖怪図なの」と素朴な疑問も感じたのですが、「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な水木しげるの描く妖怪とはまたひと味違った妖怪で、面白いなあと思いました。

妖怪図

妖怪図

そして次に人気スポットの北斎館を訪ねました。葛飾北斎(1760〜1849)は江戸時代も終わりに近い頃の浮世絵師ですが、画狂人と言われるだけあって、人間のあらゆる仕草や、花魁・相撲取り・役者などを含む歴史上の人物、富士山・滝・橋などの風景、虫、鳥、草花、建物、仏教道具や妖怪・象・虎・龍などの架空生物、波・風・雨などの自然現象に至るまで森羅万象を描いていて、生涯に3万4千点を超える作品を発表しています。作品は版画(摺物)のほか、肉筆、浮世絵、絵手本など多岐に渡っていて、「北斎漫画」や「富嶽三十六景」などが著名ですよね。

北斎美術館

北斎漫画

北斎と小布施とのつながりは、北斎が83歳の頃に初めて小布施を訪れたことに始まります。当時、幕府による天保の改革によって絵の制作が制限されたとも言われていますが、先に登場した小布施の豪農商高井鴻山の招きで小布施を訪れ逗留しました。そして地元の祭屋台の天井絵などの大作を描いています。江戸から信州小布施まで、ずいぶん遠いと思いますが、新幹線もないのに、80過ぎて歩いて来るなんて、それにまず感心してしまいました。

天井絵

北斎館の映像ホールで、「ジャポニズムと北斎」を上映していました。これがとっても面白くて、鎖国していた江戸時代でも、江戸幕府が貿易を許していたオランダを通じて、北斎の画業は欧州へと波及し、ジャポニズムと呼ばれるブームを巻き起こして19世紀後半のヨーロッパ美術に大きな影響を及ぼしたんですね。ゴッホなんか作品に描かれていますよね。

ゴッホの浮世絵

ところで、北斎と鴻山は、「先生」「旦那様」と呼び合う親しい間柄だったそうですが、小布施で北斎は鴻山の庇護のもと、碧漪軒(へきいけん)というアトリエを構えて絵を描きまくっていたそうです。布団をかぶって絵を描いていたそうで、まさに画狂人そのもの。その情熱は凄まじいものがありますね。北斎館では、北斎晩年の絶筆ともいわれている「富士越龍(ふじこしのりゅう)」も見ることができます。それにしても、「富嶽三十六景」など多くの富士山を描いてきた北斎の最後の作品が「富士山」というのが本当にドラマチックというか、それだけ強い思いがあったんだなと感慨深くなりました。

嶽三十六景 

話は少し変わりますが、以前、海外のクリスティーズオークションでは、「富嶽三十六景」の揃いが5億円もの値段が付いたそうです。

嶽三十六景 富士山

富嶽三十六景 神奈川沖浪

ところが最近、この金額を上回る北斎の美人画の肉筆浮世絵がオークションに出品され、なんと6億円の値段を付けたんですよね。嫁入り先は国内のとある美術館だそうです。重要指定作品が国内にとどまってよかったです。

葛飾北斎

最後に、小布施といえば栗ですが、竹風堂の小布施本店で新栗のおこわを頂きました。このメニューがとても有名で人気らしく、ほくほくで上品な甘さの栗がとても美味しかったです。お腹も満たされて少しぷらぷらと散歩をした後に、デザートの栗あんみつを食べに再度行ってしまいました。

晴天の秋の一日、自然の中でアート鑑賞と食を思い切り楽しむことができ、とても充実した一日を過ごしました。是非みなさまも小布施で秋の素敵な一日を過ごしてみてはいかがでしょうか。

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