歳を経て奈良美智の「少女」は何を想うのでしょうか
— 2021年9月15日那須の自然豊かな環境、風景を奈良が気に入り、2018年3月に本オープンしたそうで、奈良が長年大切に収集してきたレコードジャケットやオブジェも展示されていました。
その展示室と向かい合わせで屋外には5mのブロンズ彫刻 《Miss Forest / Thinker》 が設置されていて、つい並んで写真撮影してしまいました。
この美術館は、イシダアーキテクツスタジオの設計ですが、代表の石田建太朗氏によれば、「那須の豊かな自然が溢れる敷地に計画された、奈良美智さんの作品を展示するための場所である。森に包まれるように配置された建物までは、アプローチから続く那須近郊で採掘された芦野石の塀が導いてくれる。塀の先には野草のランドスケープが広がり、四季とともに変わりゆく植生や屋外作品を敷地内を歩きながら鑑賞できる外構を提案している。割れ肌の芦野石の外壁は5つの展示室とショップ、そしてカフェなどの空間を内包している。展示室は作品に配慮しながら自然光を取り入れ、空間をそれぞれ異なる大きさとプロポーションとすることで、さまざまな作品の展示方法に対応できるよう計画している。室内の仕上げには、那須の川の小石をまぜた磨きだしのコンクリートの床や、敷地で伐採されたヒノキを天井に、大谷石を床に使うなど地元那須の素材を多く取り入れている。」とのことです。
木々に囲まれたこの美術館は、ゆったりとした時間が流れ、訪れた瞬間に日常の喧騒を忘れて作品を鑑賞できる環境で、私もとても気に入りました。中でも木の上に鳥の巣のようなオブジェ(本当の鳥の巣かもしれませんが)には驚かされました。
私は奈良の作品の展示されているところへは、数え切れないほど訪れているのですが、この美術館で最も印象に残ったのは、「少女」の対比でした。奈良といえば、誰でもあの目つきのキツイ「少女」の絵が思い浮かぶでしょう。昨年森美術館で観た時は、ドイツ文化の背景をもつ奈良の描く「こども」を、「賢くて、意地悪で、不幸せである」と評した文書が紹介されていました。
でもこの美術館では、この目つきのキツイ「少女」の絵と、歳を経た「少女」の絵が、広い展示室の中で向かい合うように展示されていたんです。
歳を経ている女性が描かれているのですが、どことなく「少女」の様な気がしませんか。この女性の目には、涙が溢れそうになっているんです。あの繊細で、生意気で、反抗的だった少女に涙を流させた出来事とは一体何なのでしょう。
奈良は、2011年3月11日の東日本大震災の惨状をみて、しばらく絵を描けなかったといいます。そして震災から2年後の2013年3月11日に、「震災以後に考えたこと」で、奈良は「国民の連帯感」を感じたと述べています。震災前は、「それまで国に対して興味もリアリティも全く持っていなかった」というのです。
でも震災を体験し、「あの時感じた国民の連帯感は、それまで国に対して興味もリアリティも全く持っていなかった自分に、初めてひとりの国の民であることを実感させ、同じ国に住む民としての存在意識を明確にしてくれたのだった。簡単に言えば『隣に住む人が困っていて、手を差し伸べる余裕があるのなら、手を差し出すのが隣人だ』ということだ。それは、同じ地域の隣人でもいいし、隣国に住む人、あるいは遠く離れた国に住む人々でもあるだろう。」
奈良は、震災後、2012年に開催された個展「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」で、「春少女」という作品を発表しています。
それまでの「孤独」な少女の目つきのキツさはなくなり、目の色が虹のようにカラフルです。どこが違うのでしょうか。私には、「隣に住む人」に向けられた目のように思えます。
「戦争を経験した人々が、その悲惨さを語り継ぎ、平和の尊さをおしえてくれることと同様に、先の震災が、人々の連帯意識の中で復興していったと語り継がれるように、未来に向けて残さなければいけない人間としての義務を、私たちは持たされているように感じている」奈良が描いた「春少女」のまなざしなのです。
奈良は震災後に描くことに向かい合い全身全霊を投じた「春少女」という、瞳に憂いを帯びながらも希望を感じさせる温かい色彩の、それまでとは違った少女を描いているのです。
でも私が今回美術館で見た涙を湛えた「少女」は、「春少女」とはあきらかに違っています。「春少女」の頃は、髪や目にキラキラ感があったのですが、それはなくなっています。顔もちょっとやせた感じです。
歳を経て、人が抱える悲しみを隠さずにありのまま描いているように感じました。大震災を体験して変化した奈良の「少女」は、10年の時が経ったコロナ禍の今、何を想い、涙を流しているのでしょうか。
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